『もやしもん』や『四畳半神話大系』を読んだときのような、中高時代に抱いた大学生活への憧れを思い出してしまったんよ。
で、潔癖症と言えば『もやしもん』の及川もそうなんやけど、「汚れる」ということは「知る」ことやねん。そういう意味では大学ってのは生きていくうえで最も人が汚れていく場所なんだよね。学問としての知のみならず、色んな人間と会うし、社会に出る準備段階として妥協や挫折を知るって点もある。一人暮らしを始めて住環境が汚れることもあるし、酒に酔って吐瀉物に塗れることもある。セックスを覚えるのも汚れるってことやね。
その中で主人公は潔癖症であると同時にそういった知る汚れを忌避している。これから物語に進むにつれて、主人公は潔癖症を克服していくと同時に、どんどん汚れていくんだよね。挫折して、俗化して、孤高の天才ではなくなっていくと思う。
でも、汚れるということは喜びでもある。知は喜びだからね。そういった喜びに溢れた環境に、主人公がずぶずぶと浸かっていくと思うと、とても羨ましいし、それと同時に、俺は大学に入ってちゃんと汚れただろうか、と問い詰めたくなってしまう。帰国したらちゃんと大学通おうって思った。