主人公がコハクさんにとって主人公である必要性がない、というけどそういったモブ的希薄性があるからこそ主人公の何者でもなさが際立っていいのかなと
| ランキング | 順位 | 点数 | ユーザー |
|---|---|---|---|
| 2021年漫トロ個人クソランキング | 3位 | 点 | ラマ |
| 2021年漫トロ個人クソランキング | 3位 | 点 | むぅ |
| 2021年漫トロ個人クソランキング | 4位 | 点 | のび |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 1位 | 点 | 清盛 |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 1位 | 点 | やまぴ |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 2位 | 点 | ふれにあ |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 3位 | 点 | ちろきしん |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 5位 | 点 | げんし |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 8位 | 点 | シチョウ |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 8位 | 点 | ホリィ・セン |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 9位 | 点 | 146B |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 11位 | 点 | みかんばこ |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 12位 | 点 | むぅ |
| 2021年漫トロ個人ランキング | 18位 | 点 | 1353 |
主人公がコハクさんにとって主人公である必要性がない、というけどそういったモブ的希薄性があるからこそ主人公の何者でもなさが際立っていいのかなと
刺さる漫画やと思ってたから座談会でだいう話の構図のほうに深堀りされててびっくりしちゃった
>>2
じゃあお前の刺さりポイントをコメントしてくれ
お互いがお互いの居場所たり得る明確な理由が用意されてしまうならそれは凡百の漫画に成り下がってしまうと思うんだよな。どうしてこの関係を続けているのか、続けたいと思っているのかって芯の部分が主人公にもヒロインにもない、その儚さこそがこの作品のミソじゃないか
「純粋な関係性」じゃん(何にでもギデンズを注ぐ院生)
テン年代を切り、20年代の先行きを示す漫画。ゼロ年代の終わりに自己実現の高みへと飛び立っていった冬馬かずさがコハクさんの体を借りて帰ってきたんですよ。感動しました。
コハクさんの「あたし、空っぽだから」ってセリフ、ゼロ年代のアニメなら序盤に今まで素性のわからなかった無表情系ヒロインが最後にポツリと呟いてEDに入ると思う。母の死やバレーの引退などの”重い”経験を経たはずのコハクさんが明るくてあっけらかんとしてるのが現代性。
>>4
これは僕にとっての『STAND BY ME』なんですよ。
>>3
安価間違えた。
これは俺にとっての『スタンド・バイ・ミー』なんですよ。
『スタンド・バイ・ミー』観ても良さを肌感覚で理解できなかったのが悔しかったというか一種のコンプレックスでさあ。
小学生の頃イナズマイレブンと受験勉強ばっかしてて、家が近いことと同世代なことだけが共通項の友人と意味のないものを探す経験とか別世界の話やからね。
たぶんこの漫画の主人公もヒロインもこっち側の人間やねん。で、そんな彼らが普通小学生しかしない無意味な行為を追体験してることに「ああ、スタンド・バイ・ミーをアメリカの田舎のやつがみたらこんな気持ちなんやろなあ」ってなって気持ちよくなっちゃった。
噂のレベルが現代日本でもありそうなちょうどいいラインなのも主人公がそれなりに主体性をもって論理立てて行動できてるのも進学校で多少成績が悪かったくらいで人生終わったとか思ってるのもいいね。
あとやっぱり綺麗なお姉さんに「スタンド・バイ・ミー」してほしいしな。
ユウトは兄弟や同級生との水平的な関係における「比較」に、コハクは母との垂直的な関係における「抑圧」に苦しみ、欲望が断念されてきたわけだが、ユウトとコハクの関係は言わば「ナナメ」の線を生み出している。「自分より終わったやつ」と出会うというモチーフは『NHKにようこそ!』を思い出すが、そこで共依存的な関係に入っていくのではなく、二人の関係は「イズコ」を探すことでお互いの欲望を形成していく建設的なものだ。イズコに対して様々なイメージが投影されていることからも分かるように、イズコとはおのおのの人間が持っている欲望をなんらかの形で指し示しているものなのだろう。
別の話するけどさ、世代や空間関係なくルーツの分からない同じ現象が小学校で流行るっての現実でもあって面白いよね
今の子供って、小学生からクラスLINEあるんやね
食器のかけらを拾い上げながら少年と話すことで、今まで言葉にして考えたことなかったことに気づくのとても象徴的だよな。
いざイズコを探そうってなったときに少年は文字通り答えがあるものに対するアプローチをしてるのにお姉さんはちょっと嫌な顔してて、答えなんて求めてなくてただあてもなく少年と歩きたいだけっていうすれ違いがあるのもまた、この物語の中心となる関係性の描き方として上手い。
二人の関係性以前に、お姉さんと「地図にない場所」を探し歩くっていう作品のコンセプトに一目惚れした。
総合座談の時に話が出ていた、主人公とコハクさんが対等ではないという話。これは、一方が大人で一方が子供という立場という部分では確かにそうだけれど、主人公は学校での居場所を失って、人生で初めての挫折を経験して何をすればいいか分からない、コハクさんはコハクさんで今まで人生すべてをかけてきたバレヱとそのモチベーションであった母を失って何をこれからしていくか決まっていないという共通点はある。後、確かに主人公にとってコハクさんは都合のいい存在に思えるかもしれないけど、初め主人公はコハクさんの事を終わってる人が見てみたいっていう悪い心?で近づいたけど、それ以降は、地震のときに純粋に心配する気持ちや、コハクさんが何もできないのを見兼ねて料理を手伝ったりとか、ただ流れに任せてたら勝手に仲良くなるハーレム系主人公みたいなのじゃなくて、主人公なりに自分の意志で行動している。イズコ探しに関しても、子供の頃にできなかったからこそコハクさんは今になってその話を出してきたんだと思って、彼女の為に一緒に探すことを提案してる。そして、恐らくだけれど、久しぶりに引っ越してきて、すべてを失ったコハクさんにとって、自分と友達になりたいと思って色々気にかけてくれる主人公の存在は、仮に彼女があのまま一人でやっていける人間だったとしても、内心とても嬉しいし心の支えになっていると思う。ふたりの関係はそういう意味では対等だと思う。
何処を誰かがが青い鳥に例えられてた気がするんですけど、それはその通りだと思ってて、後主人公にとってはコハクさんが何処みたいなものなのかもな、と思う。地図にない場所っていうのは、地図が決められたレールとか、これから歩んでいくべき道みたいなもので、地図にない場所っていうのはそこから外れた人の為の空白の場所で、自分を見つめ直す契機となるものなんだろうな、とも思う。
個人座談で話したことほぼそのままですが貼っておきます。
お姉さんも少年も地に足がついてない状態っていうのが、共感はできても作品の良さとして入ってこなかった。
あらすじ
学校にも家にも居場所が見つからず、優秀な兄やクラスメイトと比べて劣等感に苛まれて「人生終わった」と嘆く中学1年の少年・土屋悠斗。そんな彼の家の隣にやってきたのは、海外で活動して留守がちだった天才バレリーナ・宮本琥珀。彼女は、小さい頃からバレエに他の全てを捨てて打ち込んできたが、母親を失い天涯孤独&ケガでバレエを引退という文字通り「人生終わった」人。「俺より終わってそうなやつが見たい」そんな思いで悠斗は彼女のもとを訪ねるが、そこに居たのは少しおっちょこちょいで世間知らずの明るい女の人。イメージとは違う姿に初めは戸惑いを隠せなかったが、生活に不慣れな彼女は世話を焼いてあげながら段々と交流を深めていき……。「人生終わった」 2人が地図にない場所・イズコを探し求める新感覚青春ストーリー。
コハクさん以外のキャラがみんな競争主義を内面化している現代っ子なのがコハクさんの魅力を引き立てている
「お前さ、補習来なかっただろ。」