のあ先輩とも佐々田とも無関係なんだが「友達」の定義としては、個人的には「よりもい」が一番しっくりくるんだよな
のあ先輩とも佐々田とも無関係なんだが「友達」の定義としては、個人的には「よりもい」が一番しっくりくるんだよな
ガチで関係なくてワロタ
思ったより露悪的な人間が少ないのがいいね
二浪丸好き。
二浪男ってギャルとの対比で佐々田が陽キャとどういうコミュニケーションと取るのかに対して陰キャにはどう出るかを真剣に描いている
単行本未掲載だけど二浪丸の家での描写めちゃくちゃ好きなんよね。家では過保護の母親に対してもできるだけ「いい息子」であろうとしてて。そこから少しはみ出た(意図的にはみ出してバランスを取ってるとも言える)のが、あの死神みたいな格好で外に出る時で。あの格好でレコード屋で新譜聞いてる時だけ、母親からも逃れられるのよね。
多分母親のことが嫌いって訳でもないと思うけど、うっすら曖昧な居心地の悪さがある感じで。佐々田が学校とか教室全般に感じてるのも多分似たような感覚があると思うし、自分も覚えがある。そこの機微を取りこぼさずに、時には居心地の悪さを受け入れながら、でもたまには抜け出したりして......みたいな感じが刺さっちゃった。
家庭問題を抱えたやつが浪人を重ねていくの生々しいな(身内にそういう人間がいるので)。
「いい息子」であろうとしてる、ってのはちょっと語弊があったかも。この漫画のいい所は、登場人物達が自分の根っこの「らしさ」みたいな部分を、まだはっきり自身で掴んではいないけど、それでも自分なりのやり方で大切にしようとしてる所だから。
この漫画の高校生らしい部分って、小学生や中学生と違いある程度成長しているからこそ、その人らしさを大事にしながら距離を測るようになるところで、こういう繊細さを普通なら身に付けているもんだなぁ……と染々する。
後作者のスタニング沢村って、『女のからだをゆるすまで』とか描いてたペス山ポピーらしいよ。
ネーミングセンスは相変わらずのようですね。
周囲のノリや同調圧力に流されずに自分を貫くことも大事だが、それを不器用な形でやると社会から居場所がなくなっていく(軽めに言うと空気を悪くする)場合があるという視点が入っているのはいいと思います。
「お前いま俺の悪口言ったよな?」になる漫画。まぁこういうタイプの人間関係難あり人間ではないけども。
スタニング沢村ってペス山ポピーの別名義だったのか。
佐々田と高橋には共通点が全くない。同じ趣味持ってるわけでも考え方とかがにているわけでもなく、何かしらの秘密を共有しているわけでもない。なんなら二人の絵柄も違う世界観かと思うくらいはっきり書き分けられてる。ただただ互いへの興味だけで友達として付き合っているのが高校を舞台にした友達漫画としてはなんか新鮮に感じた。
佐々田の陰キャ・陽キャグループの間を漂ってる感じが好き。
あらすじ
"ともだち"ってなんだろう? 高校生の佐々田はひとりの時間が大切で、クラスの人間関係はちょっと苦手です。そんな佐々田が出会うのが、「人生はパーティーチャンスの連続」が信条の高橋さんや、死神服に身を包んだ浪人生の小野田くんといった個性的な"ともだち"たち。佐々田は彼らとの距離を恐る恐る縮めたり、たまにぶつかったりしながら、少しずつ「じぶんのかたち」を掴んでいくのです。『女の体をゆるすまで』のペス山ポピーが改名して挑む新境地。あなたにもあったかもしれない「あの頃」の、キュッと苦しくて、心がザワザワして、でもすべてが瑞々しい世界がここにはあります。