この漫画の乗客は薬でもキメとるんか?
この漫画の乗客は薬でもキメとるんか?
都市にも神は必要なんだね
終電ちゃんが何者なのかは誰にもわからない。ちばてつやも、編集部も、たぶん作者も。そんな終電ちゃんを乗せて物語は何処へ行くのか。初めからかなり迷走してるけど、きっと最後は帰るべき場所に行き着くよ
日々終電で帰ってるような人が読めば感じるところがあるのかも知れない。問題はそんな人はこんな漫画は読まないというとこだ。
え、じゃあ何のためにモーニングに載ってるの?
2巻の表紙メデューサっぽくね
やっぱ魑魅魍魎の類やで。
駅メモコラボはいつかな?
俺、何度か山手線の終電に乗ったことあるけど、あんなのいなかったよ
俺が乗る終電はまったくもってダイヤ通りに運行している。大阪の終電ちゃんには情ってもんがないのか。
でも思い返すと大阪環状線から阪和線の終電に乗り換えしたときは駅員ももうすぐ出るから走ってくれーって感じだったし終電も乗り換えが終わるまでは発車しませんって感じだったな。やっぱり同じ会社内の路線乗り継ぎでは気を遣うんだろう。
終電ちゃんが何者か? それは短絡的な擬人化ではなく、鉄道システムを支える多くの人々の思いの擬人化なのだろう。鉄道システムは、とくに東京の鉄道システムは巨大すぎ、正確すぎるので我々はしばしばこれを機械部品のように捉えてしまう。しかし『終電ちゃん』は鉄道は人の血が通ったシステムであることを思い出させてくれる作品である。
終電ちゃんは国鉄時代から存在しているようだ。ならば国鉄の崩壊において終電ちゃんはどのような思いでいたのか。同じモーニングの鉄道漫画の『カレチ』は崩壊していく国鉄の悲哀をもって幕を引いただけに、明らかに『カレチ』の影響を受けているであろう『終電ちゃん』が国鉄民営化をどのように描くかが気になる。
小田原線の終電ちゃんはかわいいなあ
あるいは終電ちゃんは作者の鉄道はこうあってほしい、という願望か
台風、洪水、干魃。自然からの試練を人間は神の怒りとして解釈し恐れ、また救われたときは崇めていたわけですが、全てが常春の気候にエア・コンディショニングされた現代においてはそういった信仰は身体性を失ってしまいました。こういった世界で多くの人間が同時に「救われた」と感じるのはまさに終電に間に合ったときなわけです。こうして逆説的に私たちを救ってくれたのは<終電ちゃん>だ、と措定することができるんですね。
あるいは作者が薬をキメてる