子どもの頃の遊び場、亡くなったはずの妻、忘れてたり消えなかったり止まってたりしていた人生の記憶。最愛の人と巡る走馬灯は夫婦ふたりの最初で最期の新婚の場となった。愛を確かめ共にいることを望むほどに漂う切なさは鋭くなる。なつかしくむずがゆく、そしてざくりと心をえぐる場面の転換は、ふたりだけでなく読者も唇を噛まずにはいられない。妻の死から止まっていた人生は、間際の一瞬に急速にほぐれだし、そして。すべての魂に贈る愛と救済の物語。
野村宗弘
| 雑誌名 | 雑誌掲載情報 | 出版社 |
|---|---|---|
| イブニング | 講談社 |
子どもの頃の遊び場、亡くなったはずの妻、忘れてたり消えなかったり止まってたりしていた人生の記憶。最愛の人と巡る走馬灯は夫婦ふたりの最初で最期の新婚の場となった。愛を確かめ共にいることを望むほどに漂う切なさは鋭くなる。なつかしくむずがゆく、そしてざくりと心をえぐる場面の転換は、ふたりだけでなく読者も唇を噛まずにはいられない。妻の死から止まっていた人生は、間際の一瞬に急速にほぐれだし、そして。すべての魂に贈る愛と救済の物語。
同じ作者の「うきわ」は女が年相応の振る舞いをせず(率直にいえばメンヘラ)男は男で女々しいところが好きじゃない。不倫されても浮気して良いわけじゃない。けど、こっちは微笑ましいカップルで最期まで一途で格好良く見える。これは6位以内に入れたかった。
よつぼしのコメント、あらゆる文節の意味が分からん。「歳相応の振る舞い」「率直にいえばメンヘラ」には単に自身の女性観の稚拙さ、人間性の幼さを露見させているようにしか思えないし、別に『うきわ』は浮気を肯定してる漫画ではない。僕はむしろ『満月エンドロール』の、死んだ後も1人の女性を愛し続ける行為にエゴイズムを覚えて気に入らなかった。6位以内に入れたかったなら入れればよかったのでは?
氏の漫画表現、特に思考の連続がシーンとして移り変わっていく様子が上手いと思う。ふとした記憶が子供の頃に繋がり、カブトムシが巨大化し、たえちゃんはずっと側にいる。何度も頭に描いた想像が記憶としてリフレインされる。時系列が進み、状況がだんだん明かされる構成もよう出来とる。でもなんか、イマイチ感動しきれないんだよな。
ランキング上位に入ってるのを見てから読んだので入れられなかった。>黒鷺
『さよならタマちゃん』の時も思ったんだけど、私ってただ感動的な話をあんまり評価できないみたいだ。
↑×4 自分のコメント、文節がおかしいし、言葉が悪かったと思うし、浮気肯定漫画だと思ってるわけではないので、黒鷺には申し訳ないけど、変えたい。
人間の記憶は不思議なもので、常にインパクトの強いものだけが印象に残るわけではない。どうでもいいことが案外記憶にこびりついていたり、思いもよらなかったものが夢に出てきたり。死の直前の走馬灯というモチーフはフィクションであるにもかかわらず、そういう真に迫ったリアリティが感じられてとても引き込まれた。
制限された設定でありながら、敢えて完璧に描きすぎず、いい加減にワープできたり、記憶を繰り返せたり、妻は本物なのか自分の作り出した妄想なのか曖昧だったりといった人間臭さがかえって最大に美しい。上下巻の構成も過不足なく、今年一番完成度の高い漫画だったように思う。
黒鷺も書いてるけど連続性を描くのが上手い。描写描写でぶつ切りになっているのではなく、それぞれがどこか関連性を持っていて流れに乗るように走馬灯を追体験させてくれる
走馬灯→主人公の走馬灯
子どもの頃の遊び場、亡くなったはずの妻、忘れてたり消えなかったり止まってたりしていた人生の記憶。最愛の人と巡る走馬灯は夫婦ふたりの最初で最期の新婚の場となった。愛を確かめ共にいることを望むほどに漂う切なさは鋭くなる。なつかしくむずがゆく、そしてざくりと心をえぐる場面の転換は、ふたりだけでなく読者も唇を噛まずにはいられない。妻の死から止まっていた人生は、間際の一瞬に急速にほぐれだし、そして。すべての魂に贈る愛と救済の物語。
昔に死んだ奥さんのことがこびり着いてハゲちらかす齢まで奥さんのことばかり考えてきた主人公が、死ぬ間際にやっと救われた、素晴らしい漫画。ねとはさんは「この奥さんは外的な存在だ」って言ってたけど、奥さんが外的であれ内的なものであれ、救いが行われたということ自体が素晴らしく、僕にはそんなことどっちでもいいように思えてしまった。
途中までというか終わりまで奥さんの性格にはイライラしてたんだけど、なぜか最後には、それも込みで愛らしい存在だと思えてしまった。
どうしても走馬灯なんて無いという先入観が邪魔をしていたのだけど、「ファンタジーとして受け入れる部分は受け入れるべき」というねとはの言葉を受けて、感動が奔流のように頭を駆け巡った気がするけど、それは「長い人生の苦しみが、命が終わる寸前のほんの一秒で救われる作品」って言葉にネウロの電人HALを思い出したからかもしれん。
主人公が方言で喋るので温かみを感じる。
この人の漫画大体広島弁だな
全部そうやな。
走馬灯なんてないと思っているので主人公の妄想として読んだ。それでも成り立つのは、ユーカリ先輩の言うように主人公の救済の漫画だからだろう。どうして妻が死んだ後も愛し続けるのか、どうして今もなお殺した人間への気持ちが整理できていないのか、そういうところが問題ではなく、そういう考えを持った彼がどうやって気持ちを整理して成仏するのか、というところに論点があると思う。そうして読めば止められたてもよくまとまっていてオチもはっきりしている、良い漫画である。
子どもの頃の遊び場、亡くなったはずの妻、忘れてたり消えなかったり止まってたりしていた人生の記憶。最愛の人と巡る走馬灯は夫婦ふたりの最初で最期の新婚の場となった。愛を確かめ共にいることを望むほどに漂う切なさは鋭くなる。なつかしくむずがゆく、そしてざくりと心をえぐる場面の転換は、ふたりだけでなく読者も唇を噛まずにはいられない。妻の死から止まっていた人生は、間際の一瞬に急速にほぐれだし、そして。すべての魂に贈る愛と救済の物語。
「止められたても」はミスです。
タエちゃんが作者の妄想という意見を聞くが、そうだろうか。タエちゃんの心の吹き出しがあることや最後の話を見ていても、そういう風に捉えることは出来ないように思う。