僕は特権を持ったシスヘテロ男性だから自覚できないでいたけど、ともすれば「お気持ち」等と揶揄されもする社会的包摂の言説が(問題含みとはいえ)誰かを救っているんだと知って、嬉しかったよ。
僕は特権を持ったシスヘテロ男性だから自覚できないでいたけど、ともすれば「お気持ち」等と揶揄されもする社会的包摂の言説が(問題含みとはいえ)誰かを救っているんだと知って、嬉しかったよ。
ゼラチンの話がとにかくすごかった。人間の複雑性だよね。
筆者は自分自身と向き合っているからこういう作品が描ける。私は自分と向き合えていないし深く考えずに生きてしまっているなと反省した。
男勝りな小学校の友人と再開するエピソード、ボーヴォワールの「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」だなあ
こんな漫画ディスれねえよ。
女性身体として生きてきた人が「自身の性別に違和感をおぼえる」原因を考えると、生物学的な次元や人生のきわめて早期の体験の次元が大きく関わってくる場合もあると思うのだが、「性別二元論的に作られた社会への適合できなさ」が大きな原因になることもある。この漫画は自身の体験を精緻に抉り出すことで、その「社会的次元」に切り込んでいる。
トラウマエッセイ作品として読む、2020年代の視点から小学生時代の自分を回想するこの作品は『愛と呪い』的なゼロ年代を追憶する漫画と捉えることも可能だなと。小学生時代の記憶について描くのは一見遠回りだが、断片が積み上げられることで作者の意味世界が有機的に組み上がっているのが読み取れる。それにしても、EMDRの治療を描いたのは、稀有な作品だなあ。
トラウマエッセイ作品として読むと、2020年代の視点から小学生時代の自分を回想するこの作品は『愛と呪い』的なゼロ年代を追憶する漫画と捉えることも可能だなと。小学生時代の記憶について描くのは一見遠回りだが、断片が積み上げられることで作者の意味世界が有機的に組み上がっているのが読み取れる。それにしても、EMDRの治療を描いたのは、稀有な作品だなあ。
永田カビは嫌いだけどペス山ポピーは目的がしっかりしてるから読める
あらすじ
『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました』の作者・ペス山さんには、アシスタント現場で雇用主でもある漫画家X氏からセクハラを受けた過去があった。幼い頃から性別違和を持っていたペス山さんは自身の女の身体を恨み、漫画も描けなくなってしまった。編集者の勧めもあり、訴訟するかどうかを検討する中でセクハラに対する社会の認識が近年になって変わっていたことに気づく。そこからペス山さんはX氏とも対峙し、性別違和の自分が社会とどう関わっていたかについて小学生時代にまで遡り、経験を掘り下げていく。精緻なディティールで描かれたジェンダーエッセイコミック。
弁護士に「当時は厳しかったでしょうけど、今だったら時代柄訴えて勝てますよ」と聞いても当時の自分をそのまま救いたかったと考える機転と繊細さでグッと引き込まれた。自分が思っていたより上の段の話がされるんだなと思わされてしまった。