編集とのネーム会議とかどうしてるんだろう。
編集とのネーム会議とかどうしてるんだろう。
編集は介入してるんでしょうか?
これ止めなかったのか...、それとももっと危ないのがネームでは上がってきているのか。
「一般誌でこんなヤバイものが読めてる」の凄味で入れたところはある。
愛に溢れている作品でよかった。
「ここをこうしてこうすれば、俺のニョーボは生き返る!」という設定に
ここまで考えたのスゲーなあ、と。
狂気と愛?
女房が亡くなってどうしようもなく悲しい→漫画の中で復活させよう!という思考が理解できますか?私にはできませんでした。
心理カウンセリング的漫画だ
SF小説『1984年』にでてきた「二重思考」は実行できるんだなと思った。ニョーボは生き返らないことが自分でもわかってるのにニョーボは生き返ると信じている。こんな自然な狂気を体験できるのはスペリオールだけ!
たとえばナポレオンとか織田信長とか偉人は二次創作上で今も連綿と生き続けているわけだけど、生きている間も「実在ニョーボ」として20年近く描かれてきた「ニョーボ」が現実の死を超克して作品内で蘇り現実に干渉してくる展開は、慣れ親しんできたフィクションと現実との境が融解する言い知れぬ感覚を与える。『気分は形而上』や「よしえサン」を読んでより深く『天国ニョーボ』を楽しもう。
なにも面白くなかった。これを描いた作者も気持ちなんかは言われなければ考えなかっただろう。
でも、どうでもいい
もう表紙見るだけで作者が失ってしまったものの尊さが分かりませんか?
漫画を描くことでしか昇華できない事ってここにあったんだなぁ。ディープ・インターネットの個人サイトを覗いている感覚。
【あらすじ】
「あの花」制作チームによるアニメーション映画「心が叫びたがってるんだ」のコミカライズ作品.この漫画を読んでいて思い出したのは「ベルフラワー」.創作の種となるのは,悲しいとか苦しいとかそういう感情なんだろうなと思う.普遍的なテーマを含んでいるわけではないので共感を得られにくい漫画だと思うんだけど,作者にとってこの漫画を書くことが必要だったということは誰でも分かるんじゃないかな.
「またこの人幼少期にケツにガラス棒突っ込まれた時の話してる……」